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ARP BELT - LEIGH MILLER x SAYAKA DAVIS

Interview: 昇苑くみひも

Text and Photos by Aya Nihei

デザイナーふたりの感性が出あったとき、そこにはどんな景色があらわれるのだろうか。

サンフランシスコを拠点に彫刻的なジュエリーを生み出すデザイナーLeigh Millerと、ニューヨークをベースに活躍するファッションデザイナーのSayaka Davis。

「日本の伝統的な技術を現代にどう活かし、発展させていけるか。いつも問いかけてきた」(Sayaka)

「私たちが共有するセンス - 時代を超越したエレガントなデザイン- を反映するものを考えた」(Leigh)

そんなふたりのコラボレーションによって、2023年秋、ARP BELTは誕生した。

ベルト部分に採用したのは、京都の伝統工芸品である組紐。

1000年を超える組紐の歴史や由縁をひもとくべく、製作を担う「昇苑くみひも」をエッセイストの仁平綾が訪ねた。

組紐と聞いて、思い浮かべるもの。といえば、日本の伝統工芸品。着物の帯締め。以上。

そのぐらいの知識しか持ち合わせていなかった私は、京都の宇治市にある組紐メーカー「昇苑くみひも」で、そのめくるめく組紐世界に触れて、驚き、うなり、感嘆し、すっかりしびれてしまった。いまでは、にわか組紐ファンである。

まず、はじめの一撃は、「そもそも組紐とは何なのか」だった。

昇苑くみひもの能勢将平さんいわく、「世界にある一般的な紐のほとんどが、組紐です」。え!組紐って、伝統工芸品として認められた“京都のもの”であり、“日本だけのもの”でしょ? 答えはノー。「日本の組紐と同じ構造の紐は、世界中に存在しているんです」。

では、その構造とはどういうものなのか。

「僕たちは、編む、織る、そして、組む、と細かく分類してまして…」と能勢さん。まず「編む」はご存知、毛糸の編み物のように1本の糸を引っ掛けて、結びを連続させる構造のこと。ほどけたら、また1本の糸に戻るのが特徴だ。「織る」は、カシャンカシャンと動かす織機からわかるように、縦糸に横糸を直行させる構造。それから「組む」は、「螺旋構造で、3つ以上の糸の束を複雑に絡ませることで作るもの」。「組む」構造をもつ紐は、世界にごまんとあって、それを日本では「組紐」と呼んでいるわけなのだ。

なぜ日本では、ありふれた紐が伝統工芸品として特別視され、大切に扱われてきたのだろう。

能勢さんは言う。「日本が組紐というものを独自に発展させ、精神性まで見出すような扱いをしてきた、特異な国だからだと思います」。

紐は、何かと何かを結びつけて新しい機能を生み出す、とても原始的な活動のための道具である。だから世界中、どんな文明も必ず紐の文化を通過してきた。そして組紐の機能がある程度満たされると、やがて廃れてゆき、今度は「織る」や「編む」の技術のほうへ発展していった。それが世界の常識だ。ところが、なぜか日本は、そのジョーシキからはずれ、「組む」に対してちょっと変態的ともいえる執着をみせて、組紐を深化させてきたという。

工場では約70台の製紐機(せいちゅうき)が稼働。この日も、さまざまな色柄の組紐が組まれていた

現代の組紐は、昔ながらの手組みと、機械組みのふた通りがある。ARP BELTは機械組みで製作

歴史を振り返ってみると、組紐はシルクロードを通り、1400年以上も前に大陸から仏教と共に仏具の一部として日本へ入ってきたといわれている。まずは奈良の平城京へ、それから京都の平安京へ。当時の人たちは組紐を、目新しく神秘的で、美しいと感じたにちがいない。以来、寺社仏閣の装飾品のほか、都の貴族たちの装束に多用するようになった。組紐を仕事として担う省庁が、平安時代に存在していたとも言われている。

時代は移り、刀や鎧を着用するようになると、組紐が新たなシーンでもてはやされはじめる。刀の持ち手部分にぐるぐると巻いたり(しかもちゃんと文様化されるよう工夫して巻かれていた)、鎧のパーツをすべて組紐で綴じたりするようになった。武将たちが、好みの色の組紐を組み合わせて、マイ鎧をデザインする凝りようだったとか。

さらに茶の湯文化が花開くと、こんどは茶道具に活用される。たとえば茶入れ(抹茶入れ)を仕舞う袋(仕覆と呼ばれる)に用いたのが組紐だ。紐をきゅっと締めるだけではなく、蝶のような、花のような、複雑な結びまで施した。「当時の茶の湯の世界は、政治の場。毒を盛られないよう、主人しか知り得ない結びでガードしたんですね。組紐の結びには鍵の役割もあったんです」と能勢さん。

いよいよ着物の帯締めに組紐が使われるようになったのは、江戸時代のこと。それまでは幅の狭い帯を結ぶだけだった女性たちの着こなしに、当時のファッションリーダーである遊女たちが幅広の帯を持ち込み、組紐で帯を上から締めるようになったのが始まりだという。組紐ならではの伸縮性が、帯と体をきつすぎず、ゆるすぎず、ほどよく“締める”役割を果たした。

ARP BELT(黒)を製紐機で組み上げているところ。芯に絹糸の束を入れた丸紐で組まれている

時代ごとに用途が見出され、冷めることのなかった日本の組紐熱。それにしても、なぜそんなに重宝されたのかが不思議なところ。別に刀の持ち手に、組紐はなくていいよね…?

「そこには精神性が関係しているのかなと思います」と能勢さん。「紐には、必ず結ぶという行為がセットになるのですが、“結ぶ”の言葉の由来は、日本古来の神話に登場する神様にあるんです。もともとは、産霊(むすひ)という音で、何かと何かを融合させることで、新しいエネルギーが生まれるとの意味がありました」。その神聖な背景から、日本の組紐は機能的な道具や装飾品としての役割を超えて、”力の宿るもの”“身を守ってくれるもの”と考えられるようになったそうだ。だから寺の仏具に、あるいは護身のための刀や鎧に、せっせと取り入れられたわけである。神社で売られているお守りには必ず組紐が用いられ、結びが施されているのも、同じく精神性のあらわれだという。「昔から、験(げん)を担ぐといって、自分の力でどうにもならないところは、目に見えない力に頼ってきた。そんな日本人の心と、組紐が結びついて、発展してきたのだと思います」。

ARP BELTの仕上げ作業。Leigh Millerによるバックルと、組紐をつなぎ、さらに細い組紐でぐるぐると巻いて補強する

おかげで「組む」技術は途絶えることなく、いまに継承された。

もともとは絹糸だけを使い、人の手によって組まれていた組紐。筒状の丸紐や、平たい平紐など異なる形状が存在するのはもちろん、それぞれ組み方も派生しまくって、その柄は「帯締めの主要なパターンだけでも、100種類や200種類はざら」だとか。紐という些細なものに、ちょっと笑っちゃうぐらい情熱を注いできた、稀有な国ニッポンなのである。

ちなみに今回のARP BELTは、唐打ち(からうち)と呼ばれる組み方の丸紐で、組紐が日本へ渡来したときから存在する、もっとも古い紐のひとつだそう。「いまでも寺社仏閣で使われているものと同じ」なんて聞くと、紐一本にすら神々しさが感じられるようである。

Leigh MillerとSayaka DavisのコラボレーションによるARP BELTは、ふたりのデザイナーのクリエイティビティが掛け合わされ、形になった一本のベルト。そこにはまさに“融合させることで、あらたな価値やパワーを生む”という、古来からの組紐の精神性が内包されている。ベルトに秘められたそんな物語を、服と共に身につける。それもまた、ARP BELTの楽しさではないだろうか。

昇苑くみひも: https://www.showen.co.jp/